'97-9月 一斉草刈り

かかしの足元でノックダウンの巻

農家の人たちが野良仕事をしている傍らをみると、畦の隅などに、アルミのヤカンがちょこんとおいてある。アレの必然性が、ホント、よく分かったというお話。

 

その日、奈良県明日香村の棚田では一斉草刈りが行われ、妻とその母の三人でやってきた。およそ二週間に一度の農民ごっこの日なのだ。この前は8月24日に案山子を立てにきて、一応、草刈りをしている。前回同様、1時間半も汗を流せば昼にはうまい麦酒が飲めるという計算であった。

 

棚田というのは、一方が土手になった階段状の田んぼである。土手の草は、見下ろす上側の人が三分の一、見上げる下側の人が三分の二を刈る習わしになっている。前回同様に、私が土手側、女二人は畦側を受け持つ。

 

土手の下部は、さらに勢いよく育った稲と、そこへ覆い被さろうとする草がせめぎ合い境目が分からなくなっている。たった二週間でこれだ。土手の草と喧嘩した稲の葉は傷つき、茶色くなって痛々しい。これがひどくなればなるほど、生育に影響し、収穫が悪くなるという。土手に沿って細く長い我が田んぼは、草刈り命なのだ。

 

精農は草を見ずして草を切る。とは、まさにこのことを言うのだなと思った。

 

たまの精農は、あまり休憩もせず、汗も短パンやTシャツが吸うにまかせて、昼までむちゃくちゃ働いてしまった。気が付いたときは、妻にひしとかいなを掴まれて草の上。どなたかが、脈がちょっと弱いな、などと宣わってい、別の方はポカリスエットを注いだコップを差し出してくださっている。

 

軽い脱水症状を起こしてしまったようだった。昼、さあ、麦酒にありつけると、この前立てた案山子の足下にある小さな谷に降りて、手足を洗っているとき、目の前が黄色になり、立っていられなくなってきた。お天道様のパンチを甘く見てノックダウン。わなわなと差し出す手は、水の入ったヤカンを求めるようだったそうな。(1997.9 by 陽)