休日の夕方。

洗濯ものにアイロンをかけながら見ていたテレビに釘付けになった。腰までありそうなロングヘアーを束ねた色の浅黒い男性が、レポーターの差し出すマイクに向かって「明日香村の棚田オーナーになって、米づくりを楽しみませんか」と呼びかけている。彼の後ろには、きっと飛鳥時代にもこれに近い風景だったに違いない、しかし今の私の目にはとても新鮮な棚田(だんだん畑)の景色が映っていた。ロングヘアーの彼は、村の担当職員だという。面白そうな人が面白いことをしようと呼びけけている。これに乗らない手はあるめぇ。

 

そうして’97年春。私たちは明日香村の都市住人向けの棚田オーナー制度に参加。他のオーナー仲間共々、地元の稲渕(いなぶち)のプロの農家の方をインストラクターに、米づくりの真似事を楽しんできた。

 

あまり機械化されていない棚田の米づくりを体験するうちに、ほとんど忘れていた、日本で暮らす恵みを心地よい湧き水のように肌で感じとれるようになっていた。懐の深い人と自然に、汗まみれの肌をふれあいながら馴染む日々。短時間でも、心と体のストレッチングに励む、中身の濃い明日香な時間にたっぷり浸った。

 

あれから11年。今、私たちは明日香村の隣町に移り住み、今度はとても桜井な時間に浸ろうとしている。ここ桜井の特に三輪山が見えるあたりが大好きで、地元の仲間たちとあれやこれや動き回っているうちに、明日香な時間に浸ることが少なくなり、来年は棚田オーナーを卒業することにした。(やっとフンギリがついた…というのが正直なところ)

でも私たちのベースにいつもあるのは、あのテレビのワンシーンから始まった明日香との出会いであり、明日香で過ごしたあの時間だ。

 

棚田オーナー一年目の「あきない一年間」の記録。実をいうと今読み返したりしたら、ウルウルしてしまうところもたくさんあるし、もう10年も前のことじゃんという気もあるのだけれどこちらで公開します。私たちの心の中で、少しでも色あせないように。(2008年 by 陽&ひろ)